難易度と教材の使用量は客観的な事実とはならない。
なぜならば、何を教材とするかは、主観でしかないからだ。


Aさんは大学の教科書を、資格を取るための教材と観るが、
Bさんは大学の教科書は、資格を取るための教材として数えない


ある資格は、インターネット上に問題集が豊富にあるが、
別の資格は、インターネット上では充実しておらず、予備校などの資料で学習する。

一件同じ量だが、予備校の教材使用量だけを教材として観る人もいれば、観ない人もいるし
ネット上の問題集を教材として観る人もいれば、観ない人もいる。

また、範囲や出題傾向が期間ごとに変更されたり、下位試験の分を含んだりと、数え方が色々ある。
そのため、その基準に主観が入り込むだろう。
どの時点から学習したのかも、その人の学習開始時点を主観で決定している。